シャングリラ・フロンティア ~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~

SPECIAL

硬梨菜先生の特別書き下ろし小説公開!!

日常的非日常体験

硬梨菜

 ───ゲーマーとして一番楽しい瞬間はゲームを買って、初めて起動する時だろう。
 中学生だろうと、高校生だろうとモデルだろうとプロゲーマーだろうと………誰が、いつ、どこであってもゲームを初めて起動する時は誰もがレベル1なのだから。
「シュリンクに切り込みいれて……っと」
 さながらプレゼントのリボンを解くように、ゲームパッケージを覆うシュリンクをいそいそと剥がしていく。多くのゲームを遊んできて、パッケージを購入したことも一度や二度ではない。だがそれでも、この瞬間だけは色褪せることなく心を躍らせる。
「インストール終了は……十分、トイレだけ済ませておくか」
 パッケージから取り出したゲームソフトを筐体にセットし、ゲームを遊ぶことができるようになるまでの待ち時間……時間にすればそう大した長さではないのに、何度も何度も時計を確認してしまう。
「まだか……? 体感もう十分経過したはず……まだ三分⁉」
 そわそわと、携帯端末に表示されたインストールの状況をじっと見つめるが、一秒は一秒ごとに一秒しか進まない。そんな当たり前を歯噛みしながら逸る心を落ち着かせる。と、ゲーム機本体から送られてくるインストール状況を表示していた携帯端末に着信が入る。
「…………? あいつが通話をかけてくるなんて珍しいな、基本的にチャットでやりとりしてるのに……っと。もしもし? なんだよカッツォ」
『あ、もしもしサンラク? 今ヒマ?』
「……今はヒマと言えるかもしれないけど、なんだよ?」
 通話相手は様々なゲームを共に遊ぶゲーム友達と言ってよい友人。少々……”少々”気の置けなさすぎる気もするが友人だ。
『いやー、実はシャンフロで結構強敵倒しに行くんだけどヒマなら協力してほしいなって』
「あー……悪いな、あと五分でヒマじゃなくなるんだ」
『社交辞令にしちゃもうちょっとマシな取り繕い方があるんじゃないのさ?』
「バッカお前………こっちは県外遠征してまで手に入れた未開封初期ロットのグレイブヤード・デッドマンズをやるっていう崇高な使命があんだよ……!」
『聞いたことすらないゲームなんだけど』

 ───ゲーマーとして一番楽しい瞬間はゲームを買って、初めて起動する時だろう。
 だが、必ずしも誰かが遊ぶゲームがそれ以外の全員に受け入れられるわけじゃない。世の中に神ゲーと呼ばれるゲームがあるなら、その陰にはもっと多くのゲームがある。そこには「クソゲー」の烙印を押されたものだってあるだろう。
 だが、捨てる神あれば拾う神ありと言うじゃないか。今回たまたま、早朝から県外に遠征してまでこのゲームを拾ってきたのが自分というだけだ。
「いやー、バグが酷すぎて人類じゃ攻略不可能と言われた伝説の初期ロットグダマンズだぜ? 初期ロットはアップデートされてないから当時の難易度そのまま。これはもう全てにおいて優先しなきゃダメだろ」
『つまるところ……クソゲー?』
「……まぁ、そうなるな」
 世の中には評価の高いゲームよりも、評価の低いゲームをこそ楽しみたいという人種が存在する。そしてそのカテゴリの末席に自分がいる。
『サンラクも相変わらず好き者だねぇ』
「いやだって序盤の雑魚敵がバグで増殖し続けるから護衛クエストですら超難易度とか興味そそられないわけがないだろ!」
 クソゲーは無いに越したことはない。なるほど確かに正論だ、ぐうの音も出ない。だがそれでも生まれてしまったなら、それを楽しんだっていいじゃないか。
 それが茶化すためであったとしても、記憶に残っていつか笑い話の思い出になるなら、それはゲームとしての本懐を遂げたと言えるのではないか………と、まぁ良いことを言ってみたがそんな堅苦しい使命感を抱きながらプレイしていたらせっかくのゲームも息が詰まってしまう。
 ゲームを遊ぶ理由なんてもっとシンプルでいい。
「初期ロットのクリア者って確認できてる範囲でも三十五人しかいないんだぜ? この地球上でたった三十五人だ、だったら俺が三十六人目になってやるってもんよ」
『相変わらず変なところで情熱を燃やすねぇ………フレンドと遊ぶシャンフロとソロプレイのクソゲー天秤にかけてクソゲー選ぶって相当だよ全く』
「おっと、それは違うぞカッツォ」
『ん?』
 ゲームに貴賤は無い、評価という上下関係はあるかもしれないが貴賤は無いのだ。クソゲーだから後回しにされなければならない理由は無いし、神ゲーだからと何をおいても優先される道理もまた存在しない。
「俺は遊びたい時に遊びたいゲームを遊ぶんだよ、それに……」
『それに?』
 ゲームのインストールが完了したことを告げる通知を確認しながら、にぃと笑みを浮かべる。きっと鏡を見れば性格の悪い笑顔をした自分が映っているのだろう。
「俺がいなきゃ勝てません、ってのはちょっとダサいんじゃないのカッツォくーん?」
『は?????』
「いやどうしてもって言うなら力を貸すこともやぶさかではないけども? やっぱ頼むなら相応の態度ってやつがさぁ?」
『言うじゃん、よーし分かったそこまで言うならソロ討伐してやろうじゃん! レアドロップゲットして半年は自慢してやるからな!』
「ユニークコンテンツ自発出来ない事に定評のあるカッツォさんが⁉」
 ぶつッ、と通話が切断される。傍目から見たら酷い喧嘩別れに見えるかもしれないが、これでもそこそこ付き合いの長い悪友だ。
 一人では歯が立たないから協力してほしいのではなく、大方一人で周回するのは面倒だから効率を上げるために周回の道連れが欲しかったとかそんなところだろう。
 ヘルメットをかぶり、ベッドに横になる。電脳空間を展開するためのシステムが動き出し、意識が眠るように遠くなっていく。
「さて………いざ尋常に、始めていくか」
 友人と一緒に神ゲーをするのも悪くない。だがそれでも、こちらを優先した。
 何故なら俺は──────!

……
…………

「あれ、随分とお早いログインじゃん?」
「……………」
「サンラク?」
「負けイベでもないのにボスが増殖するのはダメだろ……⁉」
「ああ、投げたんだ」
「はーッ⁉ 一向に息抜きに来ただけだが‼」
 何故なら俺はクソゲーハンター。
 ゲーム攻略は始まったばかりだ、とりあえず攻略サイト調べよ。